「不正」は問題ではない。問題なのは不正義であることだ!:医学部入試不正問題についての感想

東京医科大学の特定の属性の受験者の得点を一律に減点していたという事実が公にされたことにより始まった医学部「不正」入試騒動は、沈静化に向かうどころか、燎原の火のごとく燃え広がり、大きな社会問題となっているように思われる。この問題について考慮すべき点多々あると思うが、問題が十把一絡げに取り扱われているように思われる節があるので、私個人としてはいくつかの最も重要だと思われる点について問題を整理しながら考えていきたいと思う。これまで明らかにされた「不正入試問題」のうち、(1)すべての大学に共通する問題(不正ではなく不正義の問題)、そして次に(2)個別に状況を考慮するべき問題とに分けて分析していこうと思う。

(1)すべての大学に共通する問題

今回の問題の中で最も重要だと思われる、すべての大学に当てはまると思われる問題は、大学側が受験生との非対称的な関係性を利用し、不当に受験生の合理的な意思決定を行う機会を著しく奪っているという点である。ただでさえ、大学側と受験生側には、入学を許可する/許可されるという非対称な関係性があり、大学側と受験生の自由な意思決定の機会はそもそも不平等である。であるから、大学側はなるべく、受験生の自由な意思決定を行える度合いを少しでも広げるために、受験生の自由な意思決定のために必要になってくる情報を積極的に公開するべきである。つまり、それがアドミッションポリシーであったり、志願者や合格者のデータであったりするわけで、その中でもとりわけ、直接的にある特定の属性を持つ受験者が有利/不利、つまり、受験生の意思決定に甚大な影響を及ぼす可能性がある意思決定を大学側が行っているのであれば、それ事態がいいか悪いかは別として、「事前に」受験生に伝えるべきである。「事前」に受験生に伝えられていれば、その受験生は不利になる/有利になるという情報を「事前」に理解したうえでその大学を受けるか受けないかを決定することができる。そうすれば、受験生はその特定の大学を受ける/受けないという意思決定を個人の選好に従って少なくともその個人にとって合理的な判断を下すことができる。そのような受験生の合理的な意思決定をする機会を「意図的」に奪っているということで、今回の「不正入試」の問題は、受験生の合理的な意思決定をする機会を奪っているという意味で「不正」=大学側に「単純に瑕疵があるだけ」にとどまるものではなく、「意図的に非対称な関係性をさらに強化させているという意味で「不正義」であるといえよう。大学側はこのような非対称的な構造があることを理解したうえで、なるべく受験生の合理的な意思決定を行うこと、すなわち、この非対称性を少しでも弱めるべく「事前」の情報公開を徹底する必要があるといえよう。

(2)個別に状況を考慮するべき問題

上述のように今回の騒動にはすべての大学に共通な構造が改善するべき問題があるのは事実であるが、それとは別に個別に考慮が必要な問題も含まれているのもまま事実である。それは、そもそもある特定の属性を持つものを「優遇」することが、正当性を持つのか否かという問題である。個別に状況を考慮する問題には大きく分けて3つある。

一つ目は(a)「男性を女性より医学部入試において優遇することには正当性があるといえるのかどうか」という点であり、二つ目は(b)「現役生を多浪生よりも優遇することが正当といえるのか」という点であり、最後は(c)「ある特定の地域出身の学生を他の地域出身の学生よりも優遇することが正当といえるのかどうか」ということである。

 

(a)について考えてみると大学側としては、女性医師の離職率は男性医師の離職率と比べて高いので、限られた定員の医師しか養成できないので、せっかく医師になれても、そのあと離職されてしまう女性の割合が多くなってしまえば、社会全体の医師数が減ることになってしまうという危機感から起きている問題だと思われる。年齢が上がるにつれ離職していく女性医師が増えていくという現実からそう判断したのであると思われる。厚生労働省の医師・歯科医師・薬剤師調査 / 平成28年医師・歯科医師・薬剤師調査 統計表を見ていると確かにそれは事実であるといえる。

https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/ishi/16/dl/kekka_1.pdf

しかしである、問題は解決策である。というのは、女性の離職率が高いのであれば、そもそもその離職率を下げるための対策を考えるべきではないだろうか。働きながら子供を育てられるように保育園を併設した病院を増やすことなど、まだまだできることはたくさんあるはずである。そういった努力もせずに、女性医師の割合自体を減らしてしまえば医師全体の離職率が下がり社会的に必要な医師数を維持できると考えているのであればそれは極めて安易な考え方だと言わざるを得ない。したがってこの考え方をもとに女子の受験生だけを一律に減点し入学機会を著しく制限することに正当性があるとは思えない。

(b)に関しても大学側からしたら、現役生のほうが多浪生よりも入学後の伸びしろがあり、国家試験の合格率を維持しやすいというこれまた大学側の身勝手な理由により行ってきた行為だと思われる。しかし、これに対しても、そもそも、一人ひとり学習意欲や能力は異なるので、入学時の年齢で一律で、その後の伸び代を判断すること自体がそもそも正当化できないのではないかと思う。

(c)「ある特定の地域出身の学生を他の地域出身の学生よりも優遇することが正当といえるのかどうか」

この問題については地方での医師数の不足という背景がある。しかし、この問題を解決するためにある特定の地域出身者を増やせば解決になるのだろうかといえば、これにも大きな疑問符が付く。なぜなら、ここ数年ほど医学部定員は増加してきたにもかかわらず、未だに「医師不足」と嘆いているのである。地方の医師不足が定員増で解決できないのはそれが医師数の不足ではなく医師の偏在にあるからであり、医師数ではなく、医師の偏在をどのように調整していくかが問題であるはず。そうであれば、ある特定の地域出身者をたとえ増やしたとしても、その意思が地元に定着せずに都会などに出て行ってしまえば何の解決にもなりえないので、地元の医師数を増やすために、地元出身社4を優遇するという論理はそもそも、問題の本質を見誤っているので、この論理も残念ながら、正当化しえない。この問題を解決したいのであれば、特定の地域の出身の意思を増やすのではなくて、出身にかかわらず、その地域で働きたいと思わせるような労働環境を整備することのほうがよほど、医師偏在の問題解決になるのではないだろうか。

 

このような今回の問題点を整理していくと、(1)「社会正義」に関する問題は医学部に限らずすべての大学、」学部の入試においても見られる構造であり是正が必要な問題であることがわかる。つまり、医学部以外、今回の問題が起きている大学だけの問題ではないのである。社会全体として受験生/大学の非対称構造は緩和していかなければならないと思う。それが公共の利益にかなうと思う。大学は私立。国公立にかかわらず、公的な性質を帯びているので、ある程度の公共の利益を追求するべく責務が課されていると思う。(2)については、確かに1医学部や1大学だけでは解決は難しい問題であると思われる、しかし、だからと言って、ある特定の受験生を意図的に不利にすることで、女性医師の離職率の高さの改善や国家試験の合格率を上げることや、医師偏在の問題を解決することができるのであれば、まだしも少しは正当化の余地はあるが、そもそも、先ほど議論したように、そのような女性医師自体を減らすことや現役の若い学生をなるべく多くとることやその特定の地域出身者を増やすことがまるで本質的な問題解決に結びつかない以上、単純に特定の属性を持つものが不利益を被りまったく社会的な交易の追求には結びつかない以上、そのような差別的な措置は正当化されるべきではないと考える。そもそも、仮に、先ほど議論した差別的な措置ではあるけれども社会的な利益の追求のためには最大多数の最大幸福のためには仕方がないことなので、と主張したとしてもそもそも、個別の属性を考慮しない功利主義に対して私は全くナンセンスな議論だとしか思えない。したがって各大学がすべきことは、特定の属性を持つ受験生を優遇したり差別したりすることではなくて、その背景にある問題に対して真摯に取り組み、また、そのための対策を国や自治体などと協力して行っていくことなのではないだろうか。